11 自然とともに生きてきた「まち」 [まち・みらい倶楽部2013年新春号]

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2011年3月11日の地震津波大災害と原発事故によって東北地方のみならず、広くわが国は甚大な被害を被った。三陸海岸は過去にも大津波によって人々は過酷な生活を強いられたが、想像を絶する人々の努力によって復興の道を辿ってきた。その精神の基に民俗学者の柳田國男の思想と変遷なども大きく復興計画にまで影響を及ばせて立ち直った過去がある。すなわち三陸沿岸の田老などにおいては関口松太郎村長などが陣頭指揮をとり、津波を川に導き威力を減殺する発想で昭和8年の大津波の後、新しい堤防を建設させたが・・・。万里の長城ではないかと呼ばれ続けた三陸沿岸の高さ10mで長さ2.5kmのX型防波堤すら、津波が乗り越え甚大な被害をもたらせた事実が防災の困難を示しているだろう。自然の恵み・海の恵みと共生してきた地域の人々は、当然のことながら、三陸沿岸の幸によってしか生きられないと、覚悟を胸に抱いている。海に囲まれた日本国はすべてが同じ条件下にあるのだ。
しかしながら官僚組織の縦割り行政対応や、決められない政治が支配し続けている現状は、もはや災害の起きた日から、二年近く経過したにも関わらず、災害地の人々には達成感がない。細々とした「地域復興支援」が主に地域力の民間・ボランティアに支えられていては目標どころか中間地点すら見えないでいる。私たちは減災・防災のために、巨大堤防の建設を再び推進することや、沿岸の港湾施設など早急な整備、ガレキ処理施設の地元設置を急がなければ。もちろん住居や公共施設などの高台移転へ、国や県のより積極的な支援を勧めなければならない。決して悪政との非難を受けている復興財源を他へ流用することがあってはならない。いかなる些細なものでも東北の復興計画を遮っていないのかを省みるべきである。もちろん経済優先論だけで津波・地震被災とフクシマの原発事故による大きな被害を軽んじてはならない。そして全国各地の原発の安全神話を煽ってはならない。決してヒロシマ・ナガサキ・フクシマの被爆を過去のものとして蓋をしてはならない。情報公開を妨げることなく、広く国民に信を問うことである。それらは、世界一安全な原発開発の技術・能力を有している日本の技術力と豪語しながら、いまだに核廃棄物の処理すらめどが立たないままに排出しつづけている「無策」を放置してはならないことである。自然を決して甘く見てはならない。自然と生きてこそ「いまに生きる」わたしたちの子・子孫たちの未来があるのだから。

 

代表理事 塗田敏夫